【大震災】「(避難所となっている)旅館にいれば食事に困らない」 仮設住宅、当選者の2割が辞退…抽選外れた被災者からは不満も 宮城 - 政治経済ニュース・今私の気になる事




【大震災】「(避難所となっている)旅館にいれば食事に困らない」 仮設住宅、当選者の2割が辞退…抽選外れた被災者からは不満も 宮城

仮設住宅、当選者の2割辞退=生活の不便さ心配、外れた被災者に不満も−宮城南三陸
 
東日本大震災で被害を受けた宮城県南三陸町で、仮設住宅に当選した被災者の2割が辞退していたことが13日、分かった。避難所で支給される食事の打ち切りや日常生活の不便さを心配するためだ。当選者が辞退せず、入居もしない空き部屋もあり、抽選に外れた避難者からは不満が出ている。
 
南三陸町は仮設住宅約2000戸の建設を予定し、うち計996戸が入居可能だ。高齢者や障害者といった事情などを考慮し、抽選で入居者を決めている。
 
同県大崎市の鳴子温泉のホテルや旅館は、南三陸町の集団避難場所となっている。渡辺三四郎さん(79)は、同町の高台にある志津川中学校の校庭に建つ仮設住宅に当選した。飲料水用の水道はまだ通っていない。足腰が弱っている渡辺さんは「ここにいれば食事には困らない。仮設では買い物にも行けない」と話す。12日が期限だったが、入居を辞退した。(2011/06/13-17:02)

ソースは
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011061300534

南三陸町仮設住宅一例

 一条工務店 仙台様より引用
 http://ichijo-sendai.jugem.jp/

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被災者の方々が、夏の暑さと冬の寒さを経済的にしのぐため、一条工務店は妥協をしません。
高断熱・高気密の仮設住宅を提供することが、復興の手助けになるはずだからです。

また、新潟の震災で提供された仮設住宅では結露がひどかったという声もあり、結露を防ぐためには「二重サッシ」それも「樹脂サッシ」を提供すれば良いと考え、「夢の家」と同じ種類のサッシを提供することに致しました。

家の中はこんなカンジです。また、24時間換気には「熱交換型」を採用。「夢の家V」と同じ方式のユニットを採用しています。
(キッチン・カーテンなどは宮城県の指定品です)


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東北の冬は厳しいものです。
被災者にはお年寄りも多く、これまでのように、向こう三軒両隣のネットワークの
無い生活で、身体に変調をきたさない様、高断熱で、冷たい空気を熱交換ユニットで
温めてから取り入れる省エネの家、もちろん、冬の寒々しいすきま風なんか来ない家、
結露の少ない家で過ごしていただくことが健康に少しでもプラスになれれば幸いです。

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一条工務店さんの意気込みを感じる仮設住宅でとても良い物だと私は思います。

下は宮城県南三陸町の被災者の多くが避難する鳴子温泉

仮設住宅当選も避難所居残り

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 宮城県南三陸町の被災者の多くが避難する鳴子温泉では、食べきれないほどの食事が毎日3食出る。この日は豚バラの串焼き、カツオの刺し身、グレープフルーツにキャベツのお浸し、茶碗蒸しまで付いていた=3日、宮城県大崎市(荒船清太撮影)
 
 東日本大震災で家に住めなくなった被災者のうち、仮設住宅の抽選に当たっても避難所に残る人がいる。仮設住宅では食事や飲用水、通院などに支障をきたすというのだ。一方、「早く仮設に入りたい」と切望する多くの落選者もいる。さまざまな住民の「住まい」への思い。板挟みにあった宮城県南三陸町は仮設住宅への入居期限に締め切りを設けるなど、対策を強化し始めた。(荒船清太)

 ■ここは3食出る

 宮城県大崎市の鳴子温泉の宿泊施設に避難している南三陸町の佐々木とし江さん(79)は、4月29日に南三陸町内の仮設住宅に当選した。

 しかし、当選後の説明会で、仮設住宅からは病院への無料送迎車が出ないことや食事の配布がないことを知り、今も鳴子温泉に残っている。

 腰と肩とひざを痛め、ふくらはぎもむくみ、歩行補助車を使って歩くのがやっと。震災前は介護ヘルパーに買い物をしてもらっていたが、今はそれもない。「足腰もろくに立たないのに3食作れというのか」と、ベッドで体の痛みに顔をゆがませた。

 知的障害を抱えた孫の賢さん(26)と2人暮らし。町には6月中の移動を促されている。頼りにしていた兄は津波で流された。

 「どう食べて、通院すればいいのか。このまま移れば、仮設で死ぬだけだ」と訴える。

 母親(74)と妻(45)、1歳から18歳の子供4人で鳴子温泉に避難している大工の男性(45)も仮設住宅に当選しながら“残留組”だ。

「いつかは避難所を出なくてはいけない」と応募したが、中学3年の次女(14)が「友達と離れたくない」と反対。さらに、仮設住宅では津波の影響で水道水の塩分が高くて飲めないと知った。移れば、給水車に頼る生活になる。男性は「ここは3食出る。当面、この施設にいたい」と希望している。

 ■入居期限を設定

 仮設住宅に当選しても移らない被災者に対し、南三陸町も対策を取らざるを得ない。町民約700人が避難する鳴子温泉の宿泊施設には国から1人1泊5千円が支給されている。仮設住宅への入居が決定している人には、支給は続けられないという理由だ。

 同町建設課によると、仮設住宅の鍵の受け渡し後も入居していない世帯は数十戸。4月22日の第1回抽選の当選者にも未入居者がいる。

 これまでは個別に説得していたが、「待っている落選者もいる」として、5月下旬から鍵を渡す際に1週間以内の入居を要請するようにした。6月中には仮設住宅を一度見回り、未入居の場合、入居を取り消して補欠当選の被災者や次の抽選に回すことも検討しているという。

 ■いつまで待てば

 一方で、多くの被災者は一日も早い仮設住宅への入居を望んでいる。

 南三陸町のホテル「南三陸ホテル観洋」に避難している主婦、菅原美穂さん(37)はいまだに仮設住宅に当選していない。

 高校1年の長女、ひなたさん(15)は周りの友人が弁当持参で登校するなか、避難所から配給されたパンを持っていく毎日。菅原さんは「水なんかなくていい。一日も早く、娘に弁当を持たせてやりたい」と話す。

 いつでも仮設住宅に移れるよう、服や生活用品は段ボールに入れたままだ。「住まいが落ち着かなければ仕事先も決められない。欲しい人に当たらず、当たった人は入らない。いつまで待てばいいのか」とため息をつく。

ソースは2011.6.5 11:51
http://sankei.jp.msn.com/affairs/photos/110605/dst11060511560005-p1.htm

なんかよく分かりませんが地域性があまり良くないのかな?
仮設住宅入居者同士での助け合いとかあまりなさそうな感じがします。

阪神淡路大震災の時は仮設住宅の助け合いがよくニュースでやっていた気がしましたが、こちらの東日本大震災ではあまり取り上げられたいませんね。

いち早く私たちが送った義援金を被災者に手渡し、被災者の自立を促さねばなりません。

旅館さんの手厚い被災者支援は辞めて、このような料理を毎日ただで食べる事が出来れば離れるのは嫌になります。最低限の物に切り替えはじめる時期が来たのではないでしょうか?



このようなサービスを始めたスーパーさんもあります。

ウジエスーパーでは、南三陸町の各地区を巡回し、交通手段がなくお買物にお困りのお客様を中田店(登米市)や飯野川店(石巻市河北)に送迎する無料シャトルバスの運行を行っております。
どうぞご利用下さい。
http://www.ujiesuper.com/

ウジエスーパーさん頑張って。


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